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2005年09月07日
日本の「対アフリカ開発支援」を読む!!
2005年7月にイギリスで行われたG8サミットにおいて、日本政府は「対アフリカ開発支援」を発表しました。詳細はコチラでご覧になれます。
これに対してODA改革ネットワーク・東京では、FAQ(Frequently Asked Questions)を作成し、この開発支援策を分析しましたのでご紹介させていただきます。
日本政府の対アフリカ開発支援に対するFAQ
Q1.TICADって何でしょうか?またTICADの経験って何ですか?
Q2.「オーナ-シップ」は「自助努力」というよりも民衆や市民社会の参加という考え方が中心になるのではないでしょうか?
Q3.このメッセージはアフリカの誰に向けたものでしょうか?また、誰がこのメッセージで幸せになれるのでしょうか?
Q4.我が国にふさわしい十分なODAの水準」とは具体的にどのような水準なのですか?また、「ODA事業量の戦略的拡充」とは具体的にどのようなことを言っているのですか?
Q5.債務削減することによって貧困削減は本当に可能なのですか?
Q6.マラリア対策に「殺虫剤が浸漬した蚊帳の配布」とありますが、殺虫剤の安全性に問題はないのでしょうか?
Q7.当面の5億ドルとは総額50億ドルのうちの5億ドルですか?
Q8.紛争の根本原因、根本的な解決手段をどのように考えているのでしょうか?
Q9.「人間の安全保障を重視しつつ」とあるが、具体的にはどのような意味ですか?
Q10.『緑の革命』の実現と農村の暮らしの向上」とあるが、過去の「緑の革命」の政策自体、問題があったのではないですか?
Q11.「アフリカン・ビレッジ・イニシアティヴ」とは具体的にはどのような構想なのですか?
Q12.アジアにおいて日本のODAの大きな割合が供与されたインフラ整備を通じ高い経済成長が達成されたと日本政府は強調していますが、マイナス面の考慮、また、アジアとアフリカの社会・文化・経済・政治面における違いについても考慮しているのでしょうか?
Q13.「戦後復興と発展に成功したアジアの経験は、現在我々がアフリカ開発に取り組む上で、貴重な財産であり」と、誰が判断しているのですか?アジアの人びとは幸せになれたのですか?
Q1.TICADって何でしょうか?また、TICADの経験って何ですか?
TICADとは、アフリカ開発会議:Tokyo International Conference of African Development(TICAD)です。(正式な説明は、こちらで。)アフリカ大陸が、植民地支配や白人少数者支配から脱するために努力を最大化させていた60年代から90年代にかけての時期は、冷戦期下にありました。日米同盟を重視していた日本は、アメリカの外交政策に追従し、社会主義あるいは共産主義の傾向を帯びたアフリカ諸国には距離を置き、合衆国と同様、アフリカの親米独裁政権を支えてきました。日本は、アパルトヘイト体制下にあり、経済制裁を受けていた南アフリカに対して最大の貿易国でもありました。つまり、日本はアフリカの大多数の人々の自由を支えては来なかったのです。しかし、日本は、冷戦の終焉、アパルトヘイトの終焉という90年代初頭の国際情勢およびアフリカ情勢の激変と、経済分野における世界第一の位置の獲得という変化を受けて、従来のアフリカ政策の変更を模索しはじめたのです。この時期には、グローバル・パワーとしての自覚と世界における「正統な位置」を探求する動きが進みました。ここから、国連の安全保障委員会において常任理事国になりたいという動きが、特に外務省関係者の中で盛り上がりました。そのためには、国連総会の191票の内53票を占めるアフリカ諸国との良好な関係が不可欠となったわけです。(この動きは、7月のAUとの出来事を振り返ればはっきりすると思います。)
これまでの伝統的ドナー(旧植民地宗主国やアメリカ、東側諸国)が、冷戦の終焉の中で焦点を東欧にむけざるを得ず、「アフリカへの援助づかれ」の傾向が出ていたこともあり、日本は金額では世界第一のドナーとしての存在感を誇示する必要もありました。そこで1993年に開催されたのが、TICADでした。これは、1回限りの「国際」会議を意図されたものでしたが、現在まで3回(1993年、1998年、2003年)開催されています。しかし、上記の日本政府の政治的野心のために開催されていることもあり、市民社会の参加はあくまでも「オブザーバー」的なものであるばかりでなく、国連機関や世銀が共催者とされているにもかかわらず、日本政府によるアフリカ外交のための「国際ショー」的な会議となっています。「アフリカ開発の会議」というよりも、日本政府とアフリカ元首+一部の国際機関との外交の場であります。
TICADの経験というのは、何を指しているのかは明確ではありません。ただし、アフリカ諸国と日本の関係がTICADの開催によって幾分良くなったということは言えるでしょう。ただし、会議の主要目的であったはずのアフリカ開発については、特に何か目新しい成果をあげたわけではありません。それは、この会議が市民社会に対してクローズドであること、真の主催者である日本の対アフリカ政策や援助の評価や検討の場ではないということと関わっています。その点で、英国「コミッション・フォー・アフリカ」の動きと大きく異なっています。
市民社会がTICADの経験から学ぶべきことがあるとしたら、
(1) 日本政府のアフリカ開発の意図やイメージが「外交」を中心とするものであり、その範囲に留まっていること。
(2) 開発や外交が「政府間」のものであるという信念。
(3) オーナーシップといいながら、AUが共催者ではないこと。
(4) 他の国際会議とは全く異なり、市民社会の参加はほとんど配慮も重視もされていないこと。
(5) 会議開催の意義が明確ではなく、その前段階の各ステークホールだー間の議論の積み上げさえされていないこと。
という以上の問題に対して、日本の市民社会こそが動かなければ変わらないだろうという点でしょう。
Q2.「オーナ-シップ」は「自助努力」というよりも民衆や市民社会の参加という考え方が中心になるのではないでしょうか?
アフリカ開発の主要アクターはアフリカ政府のみでしょうか?開発によって直接裨益するのもダメージを受けるのも草の根の人々ではないでしょうか?アフリカ開発はそもそも何のために行われるべきものでしょうか?権力を有する者がますます富むためでしょうか?貧困に喘ぐ人々の生活が改善されるためにではないでしょうか?オーナーシップとは、開発と発展の当事者が、その努力プロセスにおいて「オーナー(主役)」になるということではないでしょうか?現在の開発潮流においては、「オーナーシップ」とは単なる「所有者」という意味ではなく、「自らが主人公になる」という意味が含まれており、計画から決定、継続において権利を有するとともに、責任を負うということであると考えます。とすると、ドナーが「オーナーシップ」という際には、アフリカの開発と発展のためには、アフリカ諸政府が「オーナー」となるだけでなく、草の根の人々の「オーナーシップ」が保障されることが不可欠です。特に、国家権力が狭い基盤しか有さず、経済利権が密接につながり、開発において市民社会の参加がなかなか難しいアフリカにおいては、安易に「オーナーシップ=アフリカ諸政府の自助努力」とすることは政治的暴力促進にさえつながりかねません。ドナーとしては、この「オーナーシップ」に、下からの「オーナーシップ」の重要視し、民衆や市民社会の参加が確実になるように働きかけることです。
Q3.このメッセージはアフリカの誰に向けたものでしょうか?また、誰がこのメッセージで幸せになれるのでしょうか?
これはG8サミットで日本が発表した宣言です。ですので、一義的にはG8諸国です。もちろんG8の動向は、国際的な関心を集めているので世界中がこのメッセージに関心を寄せることになります。また、今回のG8は、アフリカ支援が重要な議題のひとつでしたから、アフリカ諸国が関心を寄せていることは間違いありません。そして日本語で書いているので、日本の市民に向けて、日本はこういうことをすることにしましたという説明の文書でもあります。しかし、こうした表向きの位置付けとは別に、今回は日本が国連の安全保障理事会の常任理事国になれるかどうかという年で、常任理事国にふさわしい国かどうかをアピールしなければならないという状況にあることを見れば、明らかに日本の常任理事国入りに影響を与える国々、すなわち米国や他のG8、そして大きな票田であるアフリカ諸国に向けたものであることは明らかです。
Q4.我が国にふさわしい十分なODAの水準」とは具体的にどのような水準なのですか?また、「ODA事業量の戦略的拡充」とは具体的にどのようなことを言っているのですか?
「事業量の戦略的拡充」とは、外務省の高官自身も言っていますが、典型的な官僚用語です。日本は長引く経済不況と膨大な国債問題の解決を目的として財政改革を進める「骨太の方針」を重視しています。財務省はこれ以上の一般会計からの歳出を制限する強硬な姿勢でいます。しかし、外務省は安保理入りをねらう中で、これ以上のODAの削減は避けたいばかりでなく、できるだけ増額姿勢をG8で打ち出したいと考えていました。そのため、財務省と外務省の間でサミット直前まで激しいつばぜり合いが続いていたのです。「事業量の戦略的拡大」は、財政難と国際社会へのアピールの両方を満たす妥協の産物として生まれた官僚用語なのです。つまり、実質的には財政に大きな負担を与えることなく、対外的にはODAを増額するように見せかける言葉として生み出された新しい表現です。具体的には、シーリングが抑えられている一般会計には負担をかけない形で、円借款や債務・貿易保険の求債権の放棄など“ODA的な支出”で100億ドルを満たそうとしています。例えば、日本は湾岸戦争前、イラクに進出した企業にかけた貿易保険のうち既に企業に支払いイラク政府に求債権として約8000億円(80億ドル)ありますが、その80%を帳消しにする案が出ています。加えて、ナイジェリアへの同じ貿易保険の求債権の放棄と円借款案件の策定によって、直接的に一般会計に負担を与えない形で100億ドルを捻出することができるのです。これが、「事業量の戦略的拡大」の本当の意味です。また、5年間で100億ドルの増額ですから、年間で約20億ドル。これを円借款で充当しようとすれば、それほど難しい話ではないと財務省は計算したのかも知れません。一方、「我が国にふさわしい十分なODAの水準」というのも、不明瞭です。しかし、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(骨太の方針)第五弾の最終原案の中で、政府開発援助(ODA)の目指す水準として、「国民総所得(GNI)比0・7%」とすることを明記することになったので、いつの達成を目指すのかは不明ですが、それを到達目標、すなわち「我が国にふさわしい十分なODAの水準」についての公式な回答になるのだと思います。
Q5.債務削減することによって貧困削減は本当に可能なのですか?
多額の債務を抱えた貧しい国ぐには、限られた予算を国内の教育や医療に充てるよりも、豊かな国ぐにや国際機関への債務支払いを優先しなければなりません。また、貧困削減のため先進国から受けた新規援助を、債務返済に回す危険性も非常に高いのです。そのため、債務削減を実施することが貧困削減の大前提として必要となります。
また、債務返済の負担を軽くすることよって、削られてきた教育や保健医療などの社会サービスに、予算を充当することができます。すでに債務削減を受けたいくつかの国では、債務削減によって生じた資金のうち、約40%が教育に、約25%が保健医療に充てられており、アフリカの10ヶ国に対する調査でも、教育・保健医療への支出に明らかな伸びが見られました(UNDP『人間開発報告書2004』)。社会サービスに必要な資金がこれ以上削られないためにも、債務削減の実行を、より迅速に、より広範に行うことが求められています。
また、債務削減によって浮いた資金が貧困削減に正しく使われるためには、債務国の人びと自身がその使途を決定する権利を持つことが重要です。途上国政府の汚職や、債権者である先進国政府・国際機関の思惑・意図によって、資金使途が左右され、無駄に使われることを防ぐためです。そのためにも、使途決定のプロセスに債権国/機関・債務国だけではなく双方の市民社会が参加することが、透明性を高めるために重要です。
Q6.マラリア対策に「殺虫剤が浸漬した蚊帳の配布」とありますが、殺虫剤の安全性に問題はないのでしょうか?
公式には安全とされています。しかし、危険を知らないアフリカの子どもたちが、この蚊帳に触れたまま眠らないという保障はありません。そもそも、なぜこの蚊帳には薬剤が浸されているのでしょうか?この蚊帳の特徴は網目が非常に粗く、蚊が簡単に出入りできる点です。それを避けるために、薬剤が使われているわけです。つまり、網目が非常に細かい蚊帳を作れば、確実に蚊の侵入は避けられる上、身体に触れても安全なわけです。実際、そのような蚊帳は欧州で多数売られています。何故、生産プロセスに環境汚染が伴い、扱い方によっては低濃度であっても人体汚染の危険があるものを、高いお金をかけて配布しなければならないのでしょうか?一企業のみが生産しているという商品を大量し購入し配布することになっていますが、その利潤はどうなっているのでしょうか?また今配布したところで、10年後はどうでしょうか?人々は自分でこの殺虫剤に浸した蚊帳を購入し続けなければならないのでしょうか?受け取れない人々はどうするのでしょうか?
地元の環境・健康・経済の持続可能性を考えれば、簡単に生産が可能と考えられる目の細かい蚊帳の現地生産を奨励すべきではなかったでしょうか?これだけの巨額を現地の小規模生産に投資できたら、単なる物の配布(モノからモノ)を超えた総合的なよい影響が作りえたのではないでしょうか?
蚊帳だけではマラリアは防げません。夜に水のある場所(トイレなど)に近づくことから感染する場合が多いのです。そのためには、保険衛生機関が人々のすぐ身近な場所で設置され、この問題のルートコーズを住民自らが考えたい策をこうじる機会を増やし、水関連施設が改善されることが不可欠です。
マラリアは簡単に治療が可能な病気です。しかし、教育と施設、お金の不備から、死にいたる病気となっているので。その意味でも、蚊帳の地元生産に投資をして、人々に仕事を与え、蚊帳を人々の手に身近なものとし、地元経済が活性化することが必要です。
Q7.当面の5億ドルとは総額50億ドルのうちの5億ドルですか?
確認が必要ですが、文書を文字通り読む限り、別なもののように思われます。50億ドルというのは、「保健と開発に関するイニシアティブ」に向けられたものです。これは2000年の九州・沖縄サミットの際に発表された「沖縄感染症対策イニシアティブ(IDI)」が2003年度までの4年間の実績で既に40億ドル超の協力を実施した(表明額は5年間で30億ドル)ことを踏まえ、今年6月の「保健関連MDGsに関するアジア太平洋ハイレベル・フォーラム」で「新たに保健MDGs達成に向けた協力を一層拡充していく考え」として表明されたものです。そして、その内訳概要としては、MDGsの目標毎に書かれた取り組み内容を見る限り、特にHIV/エイズを対象とする目標6に関連する表記では、人材育成支援やコンドーム供与、自発的検査とカウンセリングの普及などの項目で書かれていて、「世界エイズ・結核・マラリア対策基金への拠出」という言葉は出てきません。しかし、資金経由先のひとつとして「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」が想定されているのかも分からないので、外務省に詳細を問う必要があります。
Q8.紛争の根本原因、根本的な解決手段をどのように考えているのでしょうか?
私たちも同じ質問をNGO外務省定期協議の中で、これまで何度も問うてきましたが、まだ明確な回答を頂いたことがありません。憶測にはなりますが、恐らく外務省に明確なビジョンなり戦略がないものと思われます。あるいは、他局(経済協力局以外)にあるのかも分かりませんが、それも不明瞭です。外務省の中で統一見解がないばかりでなく、内閣府や援助実施機関であるJICAやJBICも独自に平和構築について調査研究するなど、それぞれの組織の思惑や期待の中で解決手段を考えているため日本政府として統一した考えは導き出せていないのでしょう。しかし、9月の国連総会は「平和」「開発」「人権」それぞれの連関性に焦点を当てて各国が方針を提示することになっているので、ここで何か出てくるかも知れません。
Q9.「人間の安全保障を重視しつつ」とあるが、具体的にはどのような意味ですか?
「人間の安全保障」は、新ODA大綱(2003年8月)で基本方針の一つとして定められ、紛争に関しては「復興・開発に至るあらゆる段階において、尊厳ある人生を可能ならしめるよう、個人の保護と能力強化のための協力を行なう」と述べられています。女性、子ども、貧困層といった最も弱い立場の人びとを最優先に脅威から保護し、ひとりひとりが恐怖や欠乏から自由となり人間らしい暮らしを営められるよう力をつけることを意味しています。しかし、現実には政治、社会、経済、文化的な違いにより差別され抑圧される人びとがおり、こうしたことが生じないよう監視していく必要があります。また、武装解除や武器回収といった軍事との境界があいまいな部分、あるいは政治的社会的背景を無視したまま紛争当事者の一方に対する力の行使になりかねない側面があることにも注視していく必要があります。
また、介入・援助する側は、自由市場、自由貿易を通じた経済成長やガバナンスの強化によって紛争やテロが防げるといった短絡的に考える風潮がありますが、基本的な法秩序が執行されず、多くの人びとが経済的に周縁化され、政治的に従属させられているという根本問題についてどのように解決できるかを当事者の民衆や市民社会が参加しながら取り組んでいく必要があると思います。
Q10.『緑の革命』の実現と農村の暮らしの向上」とあるが、過去の「緑の革命」の政策自体、問題があったのではないですか?
1966年にフィリピンの国際稲研究所(IRRI)で稲の高収量品種(より多くの収穫を得られるよう改良された品種)が開発されて以降、アジアの多くの国ぐにでは、そのあたらしい品種を普及させ、化学肥料や農薬を多く投入し、かんがい設備の改善や農業機械の使用などによって、米の生産性を高め、稲作の近代化を実現しようとする政策が実施されました。このことは一般に「緑の革命」と呼ばれています。こうした「緑の革命」により、特定の作物の生産量が一時的に増加した一方で、長い間それぞれの地域で培われてきた多様な農業が失われ、生態系へも負担を強いるようになりました。また化学肥料や農薬、機械などへの依存が高まり、それらを購入するための借金に苦しむ農民も生まれました。インドネシアなどでは農業の商業化が進むことによって、貧富の差がさらに広がるといった問題も生じています。
Q11.「アフリカン・ビレッジ・イニシアティヴ」とは具体的にはどのような構想なのですか?
これも詳細は外務省に尋ねないと分かりません。但し、2005年4月19日に国連の第27回情報委員会での演説の中で、安保理常任理事国入りをねらう日本としてのアピールの一つとして大嶋英一国連代表部公使が説明している箇所があります。次のように述べています。「我々はミレニアム・プロジェクト報告書が人間中心の開発戦略に立脚していることを歓迎します。MDGsは、安定に対する様々な脅威から人々を「保護」するのみならず、人々が自らの力で脅威に対処できるよう人間一人ひとりの「能力強化」を行うことによって初めて達成されます。これはまさに我が国が推進する「人間の安全保障」とも軌を一にするアプローチです。また我が国は「国づくりは人づくりから始まる」と考え、基礎インフラへの支援とともに、教育・人材育成への支援を重視してきました。「人づくり」を進めることは、健全なオーナーシップを育てる上で極めて重要です。この点で、我が国は、「アフリカン・ビレッジ・イニシアティヴ」を提唱しています。これはコミュニティのニーズに応じて例えば学校建設と同時に井戸の掘削や学校給食の提供、地域社会全体を対象とした保健サービスの提供などの支援を分野横断的に組み合わせて行うことにより、学校を核としたコミュニティ全体の能力強化を図るものです。コミュニティ内に井戸を掘削することにより、少なからぬ子供達は遠くの井戸へ水汲みに行く日常の仕事から解放され学校に行ける時間ができます。学校給食の提供により子供の栄養状態が良くなるのみならず、貧しい家の子供は学校給食の食べ残しを家に持ち帰るようになり、家族が子供を学校に通わせるインセンティヴが働くようになります」。この説明を読む限り、非常に好ましい取り組みに見えますが、このようなモデル・ケースが期待通りいくかどうかは、必ずしも楽観視できません。学校と村の距離や学校給食を保証する行政能力、そして涸れない井戸の確保や水管理をコミュニティでジェンダーに配慮しながらどのように進めるのかなど様々な要件を満たす必要があります。また、このイニシアティヴをコーディネートできる優秀な現地の人材も必要でしょう。また、このようなモデルが機能しない場所や地域にこそ、深刻な問題があることを忘れてはいけません。モデル・アプローチには限界があるのです。
Q12.アジアにおいて日本のODAの大きな割合が供与されたインフラ整備を通じ高い経済成長が達成されたと日本政府は強調していますが、マイナス面の考慮、また、アジアとアフリカの社会・文化・経済・政治面における違いについても考慮しているのでしょうか?
日本政府はMDG達成のアプローチとして「経済成長による貧困削減」、特にアフリカについては「アジアの経験をアフリカに伝える」ことを主張しています。確かに、東アジアでは高い経済成長が長期にわたって続き、貧困層の割合は他の地域と比べて顕著に減少しましたが、所得格差は拡大傾向にありますし、女性・子どもや環境面をはじめとして人間的発展や永続可能な発展からみると問題が残っています。また、自由化を背景とした経済成長は貧困層にとって大きなリスクを伴うもので、「アジア危機」で最も打撃を受けたのは貧困層でした。さらに、インフラ整備は経済成長のための一要件に過ぎず、しかも深刻な環境・社会影響が生じ、生計手段や生活の場を奪われ、困窮している人びとが多数存在します。
また、「経験を伝える」と言う前に、まず、アジアとアフリカの相異についてきちんと把握することから始める必要があるのではないでしょうか。例えば、伝統的な農業生産では一種類の作物の生産高をあげる「豊作」というよりは多様な作物がまんべんなく生産される「満作」に重点が置かれるようですし、生産の分配も社会関係に基づく平等かつ互酬性が強いようです。アグリビジネスや農産加工といったビジネスが拡大していけば、社会に根付いていたこれらの「安全弁」が壊れることも考えられます。「人間の安全保障」の観点からも、こうした点へへの配慮をしなければなりません。
Q13.「戦後復興と発展に成功したアジアの経験は、現在我々がアフリカ開発に取り組む上で、貴重な財産であり」と、誰が判断しているのですか?アジアの人びとは幸せになれたのですか?
もちろん判断しているのは、日本政府です。確かに日本は先進国と呼ばれるようになりましたし、東アジアや東南アジア一部諸国の高い経済成長の持続は世界銀行から「東アジアの奇跡」と呼ばれました。教育・保健などの充実、農地改革などの一連の社会改革を通じて人間的発展や公平・公正面の改善が行なわれたことが基礎になっていることは忘れていけませんし、他方で高度経済成長に伴う公害や強制立ち退きなど大きな負の経験は続いており、「アジア危機」により貧困層や社会的弱者が最も大きな影響を被ったのも事実です。「貴重な財産」というなら光の部分だけでなく影の部分も等しく共有することが重要だと思います。「幸せ」かどうかは、経済指標だけでは測れませんので、アジアやアフリカの人びと、特に弱い立場に置かれた人たちにとって何が「幸せ」か、「不安」かについて聞くことから始めることが重要だと思います。アジア通貨危機への対応についてNGOは、97年に財務省NGO定期協議において意見交換を行っています。
また、現在の研修は主に専門家が官僚を対象に行なっているようで、農業プロジェクトでありながら主体となる農民は一人もおらず、場所もビルの中の一室で農場ではないといった例もあり、実際にどれだけ効果があるのか疑わしい点もあります。「誰のために」、「なぜ」支援をするのか、「実際にどのような効果、影響が生じているのか」という視点からチェックする必要があると思います。
投稿者 oda_net : 2005年09月07日 10:29