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2010年02月16日
援助効果議論の今と日本の果たすべき役割 ~遠藤衛氏インタビュー~
2005年、国際援助ドナー各国は「援助効果にかかるパリ宣言」 を採択し、オーナーシップ、アラインメント、協調化、成果マネジメント、相互説明責任の5つのコミットメントを打ち立てました。そして、2008年9月にアクラ(ガーナ)でハイレベルフォーラムが開かれ、目標達成の中間評価が行われ、アクラ行動計画(AAA)が採択されました。
今年はパリ宣言の目標年次であり、来年にはソウルで目標達成レビューを行うためのハイレベルフォーラムが開かれる予定です。このような国際的な援助効果の議論を受けて、日本でもこの問題に対する関心が少しずつ高まってきました。今回は援助効果議論に詳しい、神戸大学大学院国際協力研究科博士後期課程/JANIC政策アドバイザーの遠藤衛氏に話を伺いました。
日時: 2010年2月9日
場所: 四ツ谷の喫茶店
質問者: 莫カレン(JVC調査研究・政策提言インターン/ODA改革ネットワーク)
莫: 2005年に採択された「援助効果にかかるパリ宣言」 <http://www.oecd.org/dataoecd/12/48/36477834.pdf> の中で、ドナー各国はオーナーシップ、アラインメント、協調化、成果マネジメント、相互説明責任の5つのコミットメントを打ち立て、その目標年次を2010年に定めました。2008年9月にアクラ(ガーナ)でハイレベルフォーラムが開かれ、目標達成の中間評価が行われ、アクラ行動計画(AAA)<http://www.undp.org/mdtf/docs/Accra-Agenda-for-Action.pdf>が採択されました。アクラハイレベルフォーラム(アクラ)以降、援助効果に関する国際的な動きをまず教えてください。
遠藤: アクラで採択されたアクラ行動計画(AAA)は、援助構造や援助システムの民主化が重要だということを言っています。つまり、一般的に政府や公的な国際機関が行う援助であるODAは、援助機関の行政官が組織内でその仕組みを作っていて、本来、その資金の出もとである納税者や広く国民の考えは反映されていないということです。もっと重要なのは、援助を受け取ってその成果を一番受け取るべき人びとは、裨益者とか受益者と呼ばれる開発途上国の人びとなのですが、その開発途上国の貧困者の声がODAには反映されていないという問題点が指摘されています。他方、NGOやCSOが自動的に貧困者を代表する組織であるとは言えないので、何でもかんでもNGOやCSOがODAの政策決定に参加していればそれで良いといことにはなりませんが、しかしODAの仕組み自体はより透明性が高く説明責任が果たせる内容のものになる必要は高いのです。また、アクラでは援助主体の多様性も注目されました。アクラ後、政府が行うODAはOECDが中心となって援助効果向上の取り組みが行われています。一方、CSO(市民社会)の援助効果については、CSOの援助効果を考えるOpen Forum for CSO Aid Effectivenessというネットワークグループが組織されて活動しています。しかし、今のところどちらも大きな成果は出ておらず、2011年にソウルで開かれる予定のハイレベルフォーラムに向けて両者の議論が形成されてくるものと言えます。
莫: OECDと言えば、昨年10月にDACによる日本のODAに対するピアレビューが行われ、ODAネットもそれをフォローしました。日本のODAについては依然として「紐付き」「インフラ重視」の批判が多いようですが、遠藤さんから見て、日本のODAの問題点はなんですか?
遠藤: 仰るように、日本のODAは経済成長を支援するためのインフラ整備が中心です。東南アジアでは、民間企業の利益になることを政府がODAで助けました。それと期を同じくして東南アジアでは民間投資が活発になり、経済成長が達成されました。それを見た外務省は日本の援助で民間投資が増えてアジアは成長したのだと主張します。しかも、ODAで日本企業を支援するというひも付き援助が重視されました。
しかし、援助が本当に経済成長に繋がるのかというと、そうとは考えにくいのではないかと思います。実際のところ、援助が経済的に果たす役割は小さいとも言われています。その好例がアフリカです。アジアと違って、アフリカはどれだけ援助を受けても長い間成長がありませんでした。低成長により、税収が少なく、保健、教育、公衆衛生といった社会福祉サービスにお金をかけられませんでした。NGOなどはこの分野を支援してきましたし、欧米のODAの一部は政府の財政そのものを支援しています。しかし、日本政府はこれを「持続的ではない」として退けています。日本政府に取っては経済成長を直接助ける援助のが「持続的である」のです。ところが、アフリカでは経済成長が極めて緩やかなため、経済成長だけを重視する援助は成果を上げていません。今、アフリカに向けた援助に必要なのは、今苦しんでいる人たちを如何に支援すべきかが重要なのです。
莫: 鳩山政権は「コンクリートから人へ」の理念を打ち出していますが、これによって今後日本の援助のあり方は変わると思いますか?
遠藤: 鳩山首相は1月の初心演説で「人の命を守りたい」と言いました。これを実現するためには今までのやり方を変えなければなりません。しかし、日本は援助効果の観点から過去のODAを評価していません。これは非常に問題だと思います。外務省の中では今までの日本の援助が東南アジアの経済成長の役に立ったというアジアの「成功体験」が根強く尾を引いています。従って、本当に援助が役に立っているのかという反省を求める評価ではなく、今までやって来たことを正当化するだけの評価になってしまいがちです。
莫: これは今日本政府が押し進めている官民連携の動きとも関連しますね。
遠藤: 日本政府の経済成長のメカニズムに対する考察が、自国や東南アジアでの経験に引きずられているのは確かです。つまり、民間企業を助ければ経済は成長するという幻想を未だに抱いているのです。しかし、先ほども申しましたようにアジアではその頃国全体が伸びていたので、どんな投資でも成功したのですが、アフリカではそのようになっていません。日本が押し進めた官民連携政策が経済成長を牽引したかどうかは分かりません。
また、援助効果の観点からも官民連携政策にはいくつか問題点があります。まず、民間企業に対して公的なイージーマネーが注ぎ込まれるので、競争原理の働かない非効率な仕事になりがちだということ。そして、透明性や説明責任も不足しがちです。
莫: 日本国内では、日本の税金を使って援助するのだから、日本企業が儲かって何が悪い、という意見も広くあります。
遠藤: 一般的な日本人の感覚は、ODA=貧しい人を助けるではなく、ODA=企業が得するになっています。これは長年の自民党政権下で開発教育がなされなかったことに原因があると思います。私たち日本人は「貧しさ」がどうして起きるのか、といった貧困の仕組みを知らない人が多い。そして、「貧困は個人の問題」だと思っていました。しかし、今の途上国は世界的なシステムによって貧しくなっているのです。それ故に、彼らを助けるのは当然の責任だということを私たちは理解しなければなりません。従って、民主党政権への期待として二つあります。一つは援助効果に照らし合わせて今あるODAを良くすること、もう一つは開発教育を学校教育に組み込んで、援助への国民の理解を取り付けることで長期的に援助を良くして行くことです。
莫: 援助効果の枠組みに話を戻しますが、パリ宣言やアクラ行動計画で強調されていた援助の協調、並びに受け入れ国の主体性という点について、日本政府の取り組みをどのようみ見ていますか?
遠藤: 日本の外務省が自国の援助を正当化する際によく使うコンセプトの一つに、「人間の安全保障(Human Security)」というのがあります。これは本来、貧しい人々の生きる権利を守ることを目的としており、そのための外部介入は重要であるという考え方です。これは政府機能が麻痺している状態であれば良いのですが、政府が機能している国ではそぐわないコンセプトです。
国際援助協調の議論の中では、保健や教育といった社会福祉は、本来自国政府が提供すべき社会サービスであり、途上国政府自身がオーナーシップを持つべきだと考えられています。他のドナー国はオーナーシップを途上国政府に委ね、政策決定のプロセスに参加して、政策を一緒に作ろうという姿勢を見せています。これは歩けない人に歩き方を教えるようなもので、大変もどかしいことではあるけれど、とても大事なことです。しかし、日本政府は「人間の安全保障」を振りかざして他のドナーと協調して途上国側のオーナーシップを高める援助をしないことが多いように思います。
莫: それでは、今後の国際的な援助効果向上の議論の中で、日本の果たすべき役割をどのようにお考えですか?
遠藤: 伝統的な日本政府の援助関係者は、日本政府の援助提供方法の変更を迫る援助効果議論や、更に援助の方法論そのものについての考え方を変えようという援助構造に関する議論には、極めて消極的です。日本のODAが日本政府の外交のために行っているという観点からは、日本のODAの方法論について外部からとやかく言われるのは彼らにとっては面倒な話です。その観点から、日本政府はこういう議論が国際的な場であまり急速に展開しないように画策していると言えます。その一つとして、中国のような新興ドナーの援助方法論が非常に保守的であるのを利用して、先進国ドナーが先進的な援助方法論を採用しなくて済む道筋を考えていると思われます。
これに対して日本の市民社会は、日本の税金を利用して行われるODAが世界的な基準を大きく下回ったり、日本政府が国際基準の改善を妨げる要因になるのは問題だと考えています。なので、日本政府に対しては引き続き援助方法論の国際的な基準への遵守と、国際基準の改善に積極的に協力するべきだと主張しています。
しかし同時に、日本のNGO/CSOの海外援助活動の質がどうであるかについての議論は、まだ深まっていません。日本国内でも比較的規模の大きなNGO/CSOは国際的な援助効果議論の基準に対応できる可能性はありますが、小さな規模のNGO/CSOは体力的に困難であると共に、そもそも「市民交流」や「友好促進」といった水準の「国際協力活動」という観点で海外援助活動を行っているとすれば、そのような活動まで国際的な援助効果議論の基準に取り込むのはそもそも対象が違っている可能性があります。従って、日本国内のNGO/CSOで海外援助活動を行っている組織の中で、国際的な援助効果の議論に対応すべき組織は区別されるべきなのか、あるいは、「市民交流」や「友好促進」といった「国際協力活動」であっても守るべき基準のようなものが存在するべきなのかは、まだこれから行われるべき議論であって、いま現在ははっきりした結論のようなものは存在しないのです。
今後、日本のNGOは国際的なCSOネットワークに対して積極的にインプットをする役割を期待されています。そのためには、国内でまずこの問題について議論して、問題提起し、アクションを興して行く必要があります。今はJANICが中心となって、援助効果を考える/議論する機会や情報を国内で提供していますので、それを積極的に活用していくべきでしょう。
投稿者 oda_net : 2010年02月16日 18:11