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2010年04月27日

NGOインタビュー 【ラオスの村から見た経済成長を前提としたODA事業の影響 ~川合千穂氏インタビュー~】

日本のODAが諸外国で与えている影響とはどういうものなのだろうか?経済発展を前提とするODAから、現地の人々はどういった恩恵を受けているのか?またその逆に悪影響もあるのだろうか?そんな疑問について考えていくために、今回はJVC(日本国際ボランティアセンター)の活動場所であるラオスにスポットを当て、JVCラオス事業担当の川合さんにお話しを聞きました。

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まずはJVCのラオス事業についてだが、森林保全と生活改善という二本柱に基づいている。ラオスでは、1960年代に国土の68%を占めていた森林が、1992年には40%にまで減少している。森は村人にとっての生活基盤であるため、森の減少は村人の生活を脅かしている。日本と違い、ラオスでは森や土地がまだ登記されておらず、誰のものなのか明確ではないケースが多く、村人たちが自分たちの権利を主張できない。このため、JVCでは「森林保全」として砂漠地帯などで見られる植林活動ではなく、村人が権利主張できる環境を整えることに重点を置いている。すなわち、「森林保全」=「村人の権利を守ること」なのだ。

では、どうやって森林保全を行っているのだろうか。問題は、村人たちがこれまで伝統的に使ってきた森が事前に許可なく取られてしまうことである。このため、「土地森林委譲」という制度を使って森を正式に登録している。そんな中、村人と話し合いの場を設け合意に至るというプロセスは必要不可欠。JVCは、地方行政やラオス政府と協力してそのサポートをしているというわけである。

そうやって、村人を対象にして活動している川合さんが見る、ラオスでの日本ODA事業の影響はどういったものでしょうか?


日本はラオスに入っている援助国の中でもトップドナーであり、BHN(Basic Human Needs)を満たすため、医療、衛生、教育など多岐に渡る援助が行われているという。しかし、ラオスに限らず日本のODA事業の基本姿勢は「経済発展失くして成長なし」というものなので、道路建設などのインフラ系事業が多いことも否めない。例えば、ナムグムダムの建設。これは、タイへの電力輸出による外貨収入を見込んで、1970年代、まだ内戦中に建設された大規模水力発電である。また、JVCが活動しているサワナケート県で例を挙げると、ADB(アジア開発銀行)が推進している東西回廊、橋、道路の建設も代表的なものである。この東西回廊開発に限って、ラオスの人口の少なさと内陸という事実から見てみると、建設された道路はタイとベトナムを繋ぐ通行道路として使用されるばかりで、ラオス国内で大きな利益を生むかについては懸念が出ている。また、この道路建設に伴い企業誘致も積極的に行われているが、ベトナム企業による植林やタイ企業によるサトウキビ栽培といった事業増加に伴い外国人労働者が入ってくることになり、ラオスに裨益があるというよりは土地確保や資源を持っていかれてしまう傾向にある。水力発電の開発はその最たるものであると言える。メコン川の水量の多くは、ラオスの山側から流れ込んでいる。この豊富な水量に目を付け、現在50以上の水力発電が計画され実施されているという。

日本からもADBや世界銀行を通すという形で出資されているものの中に、カムアン県、ナカイ高原のナムトゥントゥダムがある。最初の発電が先日より行われており、今は試用期間だという。試用期間中であるため、このダム建設による影響はまだ計り知れないが、下流域のセバンファイ川の水量が現在の2~3倍になると言われており、この水量増加に伴う洪水は村人に大きな影響を与えるのではないかと懸念されている。

懸念の背景には98年に建設されたトゥンヒンブンダムがある。このダムができてからJVCの対象村では、雨期に毎年起きる洪水により、米がとれなくなり生活が困難になった。平野部で洪水が起きると、村人たちは山で焼き畑を行わざるを得なくなった。そうすると、その森は荒廃していると判断され開発事業のターゲットとなり植林が始まる。米を作る場も生活できる場も奪われてしまった村人はどこに行けばいいのだろうか。村人たちは、何の補償も得られないまま、次々と新しい生活に適応していかなければならないのである。ダム建設当初は、乾季での灌漑が利点として挙げられたが、乾季稲作で米がとれたとしても、肥料や水をくみ上げるポンプ代などが必要になり、コストのかかる農業をせざるを得ない状況になる。結局はお金が払えずに農業ができなくなる村人も少なくない。

経済発展を目的とした開発事業に伴う影響はこれだけにはとどまらない。ラオスの生活基盤である生物多様性にも影響を与えている。ラオスでは人々は豊かな生物多様性を元に食や暮らしを営んでいたが、今はそのバランスが崩れ始めているという。カエルを例にとって見てみよう。自給自足が成り立っていた農村では、自分たちの食糧として少量のカエルを捕獲するだけで十分だった。しかし、今はマーケットの拡大により、カエルを売れば現金収入を得られるようになった。村人は田の中から米のみならず、カエルや小魚、野草などを採取して食している。生物多様性が村人にとってのフードセキュリティにもつながっている。ラオスでは米がとれる時期は年間3カ月~半年ほどしかない。米がとれない時期、村人は森に入り食糧を確保するか、その食糧を米と交換することで生きていたのだが、森では開発事業として植林が行われている。米不足の時期のセーフティネットであった森の食糧が消え、森は経済林と化し、人々の食の安全も危ぶまれているのが現状だ。

開発事業の波に乗り、生活を豊かにしていく村人がいることも確かだが、逆に何の利益も得られず悪影響を受けるのはほとんど貧困層である。ラオスでのODA事業が進んでいく中、最近よく耳にするparticipatoryという言葉がある。しかし、実際はどこまで村人たちが「参加」できているのだろう?村人の中でも底辺にいる人たちの声はどこまですくい上げられているのだろう?そんな疑問を投げかける川合さんが今後日本のODAに求めること。それは、こういった開発によって被害を受ける人々がいること、できるだけ貧困層の声なき声を拾い、他援助国と連携しながら地域の人々の権利や暮らしを守る体制を整えること。その上で行っていく援助こそが、本当のODAと呼べるのではないだろうか。

投稿者 oda_net : 2010年04月27日 18:09

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